大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(刑わ)5308号 判決

主文

一、被告人吉田英一郎を罰金五〇〇〇円に処する。

二、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

三、被告人畠山嘉克、同有賀哲也はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人吉田英一郎は、昭和四〇年一一月一三日午後五時頃東京都新宿区霞ケ丘町一番地明治公園において開催された原潜阻止・日韓条約粉砕全国実行委員会および安保条約破棄中央実行委員会共催の「日韓条約粉砕・佐藤内閣打倒・国会解散要求国民統一行動中央集会」の終了後、同日午後七時頃同公園から同都港区青山四丁目、同一丁目、同区赤坂見附、千代田区平河町の各交差点を経て同区永田町小学校裏に至る間の道路上において行なわれた集団示威運動に際し、同日午後七時半頃同都港区青山三丁目都電停留所付近において日本社会党東京都本部、同党東京都内各支部員、日本社会主義青年同盟員等約五〇〇名から成る第一梯団に参加し、日本社会党足立総支部員と隊列を組み進行方向右端から二人目に位置し、右隊列の進行とともに青山一丁目交差点を通過する際かけ足をし、かつ、車道中央から左側部分でかけ足だ行進を行ない、同日午後七時四三分頃港区赤坂表町三丁目七番地先道路上において、右隊列の先頭部分の停止に伴い、約八列のまま停止していたところ、警視庁第二機動隊第一中隊長警部長塚正治の指揮により同中隊所属巡査松山一紀(当二四年)ら三七〇名が右隊列の右端から三列縦隊で左側歩道寄りへ圧縮規制を加え、さらに右隊列の前進に伴い二列縦隊で右側を併進規制して進行中、右機動隊員中の氏名不詳者からいきなり手挙で後頭部を一回殴打されたことに憤激し、右斜め前に位置していた右松山巡査の左大腿部を右足で一回蹴りつけ、もつて暴行を加えたものである(判文中に圧縮規制、併進規制と判示したのは、被告人の暴行にいたる経過を明らかにするためであつて、これらの規制行為を適法な公務の執行と認めた趣旨ではない。)。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人吉田の判示所為は、刑法第二〇八条罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で、同被告人を罰金五〇〇〇円に処し、刑法第一八条第一項第四項に従い、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。訴訟費用につき、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し、これを全部同被告人に負担させない。

(無罪部分の説明)

第一、本件公訴事実

一被告人畠山、同有賀関係

被告人両名は昭和四〇年一一月一三日東京都新宿区霞ケ丘町一番地明治公園において開催された原潜阻止、日韓条約粉砕全国実行委員会、安保条約破棄中央実行委員会共催の「日韓条約粉砕、佐藤内閣打倒、国会解散要求国民統一行動集会」ならびに右集会終了後、同公園から港区青山四丁目、同一丁目、同区赤坂見附、千代田区平河町の各交差点を経て同区永田町小学校裏に至る間の道路上において行なわれた集団示威運動、さらに右永田町小学校裏から同区参議員面会所前、同区衆議院議員面会所前、同衆議院通用門前、同衆議院南通用門前、同区大蔵省裏を経て同区日比谷公園西幸門に至る間の道路上において行なわれた集団行進に学生約一、四〇〇名とともに参加したものであるが、右学生らが右集団示威運動に際し、東京都公安委員会の付した許可条件に違反し、同日午後三時五三分頃から同四時三五分頃までの間右明治公園から港区赤坂表町四丁目一四番地赤坂郵便局長前に至る道距上において一〇列ないし二〇列となつてことさらなかけ足行進、かつその午後四時二二分頃から同四時三〇分頃まで同区青山三丁目交差点から前記赤坂郵便局付近に至るまでだ行進を行なつた際、ほか数名の学生と共謀のうえ、被告人らにおいて終始右学生隊列の先頭例外に位置し、先頭列員が横に構えた竹竿に両手をかけて引つ張り、あるいは隊列に正対して笛を吹き、手をあげ、かけ声をかける等して右かけ足行進、だ行進を指揮し、もつて右許可条件に違反した集団示威運動を指導したものである(罰条、昭和二五年都条例第四四号集会集団行進および集団示威運動に関する条例第三条第一項但し書、第五条、刑法第六〇条)。

二被告人吉田関係

被告人は、昭和四〇年一一月一三日東京都新宿区霞ケ丘町明治公園において開催された原潜阻止、日韓条約粉砕全国実行委員会および安保条約破棄中央実行委員会共催の「日韓条約粉砕、佐藤内閣打倒、国会解散国民統一行動集会」ならびに右集会終了後、同公園から港区青山四丁目、同一丁目、同区赤坂見附、千代田区平河町の各交差点を経て同区永田町小学校裏に至る間の道路上において行なわれた集団示威運動に参加し、日本社会党東京都本部、同党東京都内各支部員、日本社会主義青年同盟員等約四五〇名から成る第一梯団に加わつていたものであるが、同日午後七時四三分頃港区赤坂表町三丁目七番地先道路上において、右隊列が東京都公安委員会の付した許可条件に違反し、約八列となつてかけ足だ行進を行なつたので、警視庁第二機動隊第一中隊所属巡査松山一紀(当二四年)らにおいて第一中隊長警部長塚正治の指揮により右隊列の右側から二列縦隊で併進規制して制止中、いきなり右足で右松山巡査の左大腿部を一回蹴りつけ、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである(罰条刑法第九五条第一項)。

第二、当裁判所の判断

一はじめに

昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進および集団示威運動に関する条例(以下単に都条例または本条例という)については、かねてからその憲法適否が争われていたところ、昭和三五年七月二〇日最高裁判所大法廷判決によつて、これが憲法第二一条に違反するものでないと判断され、現在もとうしゆうされている。当裁判所としては、すでに右判断が示されている以上、現行裁判制度の基本構造と法的安定性保持の見地から、とくに別異の結論をみちびかざるをえない特別の事情の認められないかぎり、右判断を尊重し、可能なかぎり本条例を右判例の趣旨にそつて合理的かつ合憲的に解釈すべきものと考え、本件審理に臨んだわけである。

二認定事実

本件公判審理において、前示各公訴事実につき共通する事項は、同一の主催団体により、昼夜二回、同一の道路において集団示威運動が主催され、都条例に従いその許可申請手続がとられたこと、都公安委員会が許可申請を受けるに際し、いずれもいわゆる事前折衝が行なわれたこと、都公安委員会は、右申請に対し条件を付して許可したのであるが、それは都条例、公安委員会規程、警視総監訓令、公安委員会昭和三五年一月八日付決定および警視総監右同月二八日付通達に準拠して行なわれたこと、付与された条件は、内容においてほぼ同一であり、違反したとされる条件も交通秩序維持に関する事項であつたこと、右違反の集団示威運動参加者に対し規制措置のとられたこと等である。そこでまず、右共通する事項につき事実を認定し、次に、被告人畠山、同有賀に共通する事実、被告人吉田に関係する事実という順序で事実を認定し、必要な証拠説明を加えることとする。

(一) 本件条件付許可処分の手続と内容(被告人三名に共通する事実)

1 公安委員会のなした条件付許可処分の手続について

以上の各証拠<略>によると、公安委員会の事務処理において、次のような権限委任、集団行進と集団示威運動の峻別、条件のつけ方、事前折衝が行なわれそれら手続と実体とが有機的に結合されて事務運用がなされていることが認められる。

(1) 権限委任

公安委員会の権限とされている許可事務は、道路交通法等多数の法令により年間約五〇万件におよび、都条例に基づく集会、集団行進、集団示威運動許可申請事務は、年間五〇〇〇件におよんでいること、事務処理の能率化迅速化をはかるため、内部事務処理規程、訓令により、警視総監、主管各部長ら警察官に大巾な事務の委任をしているところ、公安委員会は、集会、集団行進、集団示威運動許可申請事務を重要特異なものと然らざるものとに区別し、重要特異なものとして、不許可処分(都条例第三条第一項本文)、許可の取消処分、許可条件の変更処分(第三条第三項)、申請にかかる集団行動の進路、場所又は日時の変更を条件に伴う許可処分(第三条第一項但書第六号)および許可処分であつても重要特異なものを挙げ、これを公安委員会の直裁とし、そのほかの中から軽易な集会の許可を都条例第二条に従い申請書の提出された所管警察署の警察署長とするほか、右警察署長は、受理した集会許可申請書のうち「集団示威運動・集団陳情が伴いまたは伴うおそれのあるもの、および粉争発生のおそれがあるもの」と認められる集会、並びにすべての集団行進および集団示威運動に関する申請書については、意見を付して警視庁警備部長宛進達し、同部警備課集会係(第三係)に送付される。そこで、警視庁警備部長は、課長、同補佐、係長、係員ら警察官に、実際上検討させ、その権限において、前示「重要特異なもの」は公安委員会の直裁に委ね、その余を処理することとなる。右警視庁警備部長以下、警察署長の許可、条件付許可処分は、すべて公安委員会名で行なわれ、その結果は毎月とりまとめて公安委員会の承認を受けなければならないこととされている。

かくして、許可、条件付許可のなされた申請書については、その旨を記載し、また不許可の場合にもその旨書面を作成し、都条例第三条第二項の趣旨に従い、所管警察署から申請書に記載された主催者(その連絡責任者)に集団行動の実施予定時刻の二四時間前までに右許可書等を交付する建前であるが、実際は、予定時刻の数時間前に交付することもある。結局、申請書が提出された時から四八時間が、警察署、右集会係の手持時間である。

(2) 集団行進と集団示威運動の峻別

前記警視総監通達は、都条例の取扱いについて、「集団行進」とは、「多数の者が一定の目的をもつて集団的に行進するものをいい、たとえば、野球の祝賀行進のようなものである。」等とし、「集団示威運動」とは、「多数の者が一定の目的をもつて公衆に対し気勢を示す共同の行動をいう。通常デモと称するのは多くこれに該当する。行進を伴うことが多いが必ずしもこれを必要としない。」等として、両者を峻別し、そのことが事前折衝、コースの一部変更、条件の内容と関連して運用されている。

(3) 許可条件の付与

いわゆる「不許可の場合」に関する公安委員会の見解は、前掲公安委員会決定および警視総監通達により次のとおり示されている。すなわち、都条例第三条第一項本文の解釈は、

1、交通頻繁な道路において実施の時間、場所または方法により交通が著しく混乱することが明らかなとき、

2、実施の時間、場所または方法により国会の審議権の行使、裁判所の公判その他官公庁の事務(外国公館の執務を含む)が著しく阻害されることが明らかなとき、

3、実施の時間、場所または方法により人の生命、身体に危険がおよびまたは安隠正常な社会生活が著しくかく乱されることが明らかとき、

不許可となるものとされ、その判断にあたつては、当該団体の行動傾向、違法行為の実績等、天災、事変その他当該集会等の行なわれる際の四囲の状況をもあわせ考慮して適確になされなければならないとされる。

しかして同条同項但し書の許可条件の付与については、本件事案と直接の関係をもつ「交通秩序維持に関する事項」としては、(1)交通法規に違反しないこと(2)現場の交通整理警察官の指示に従うこと(3)だ行進等を絶対に行なわないこと等である旨が、右警視総監通達に示されているが、その他うず巻行進、駈け足行進等の禁止が条件として付されることを予定している。

(4) いわゆる事前折衝

右に認定したとおり、警視庁警備部警備課集会係は、ほとんどすべての許可申請に関する事務を行なつているのであるが、集団行動の許可申請を求める者は、警察署の窓口係員からあらかじめ集会係員と予定する申請内容について了解を得るよう促され、あるいはすでに事情を知る者は、許可申請書を所管警察署へ提出受理を求めても、集会係の了解があるかどうかを確められ、それがないと、受理を渋る向があるため、集会係へ出頭して、事前に、申請すべき内容について、集会係員と折衝をすることがある(清宮五郎証言)。集会係としても、前示四八時間以内に、いかなる重要特異な案件をも処理しなければならず、また公安委員会は、極めて多忙(山田英雄証言参照)であるため、許可や警備の所掌事務の円滑な処理のため、右折衝を必要とする。この折衝は、すでに相当以前から行なわれているものであり、昭和三六年一〇月以降本件に至るまで、進路の一部変更を条件に許可された案件一二件のうち、事前折衝の行なわれてまとまらなかつたため、計画どおり申請書が提出されたものは七件、事前折衝のなかつたものは五件であるが、同四〇年中には、申請件数五四一六件のうち一一七〇件の集団示威運動、六九件の集団行進のなかから一八〇件が事前折衝を経ている。

その問題となる折衝の内容は、主として道路における集団示威運動の予定進路が、開会中の国会周辺道路、外国公館周辺道路を含むか、特に交通量の著しく多い例えば晴海通りの如き場合であり、自主的に変更するか、集団行進にきりかえ示威をしないものにすることを勧告し、それには公安委員会の前示決定や、昭和三八年一二月六日の決定(当分の間、学生デモの外務省前通過を許可しない)、個々の進路の一部を変更して許可した前例および前示警視総監通達などが引き合いに出されるのである。右は、許可申請書提出以前のいわゆる「行政相談」であり「申請者側の自主的変更」といわれるものである(山田英雄、茂垣之吉証言)が、実質において公安委員会の正式な不許可処分もしくは進路変更を条件とする許可処分の役割りを果し、しかもそれが公安委員会名の許可書からは、形式上不許可もしくは一部変更処分の形をとつて表面化しないから、法律上の処分として争う余地がなく、都条例第三条第四項による東京都議会へ報告も行なわれず議会による批判にさらされることもない。その上、右折衝に応じないで、許可申請書を所管警察署に提出することはもとより自由で、受理されるけれども、その後行動開始予定日時の二四時間以内に主催者が、参加予定団体に対し、公安委員会から不許可もしくは進路変更を条件とする許可処分のあつたことを周知徹底することは容易でなく、結局集会係側の勧告にしたがつた申請をするよう計画を変更し、あらかじめ不許可等に伴う参加予定団体とこれを規制する警察官との紛争混乱を避けることとなるに至る(渕上調書、清宮五郎、佐竹昭生の各証言)。

2 本件の条件付許可処分について

渕上保美(原潜阻止、日韓条約粉砕全国実行委員会事務局次長であつた)は、本件集会等の許可申請につき、一一月九日をはじめ、殆ど連日にわたる集団行動の許可申請と一括して、警視庁警備部警備課集会係長茂型之吉ら係官と前示事前折衝を行ない、赤坂見附交差点を経て国会周辺道路を通り日比谷公園に至る区間の集団示威運動を結局集団行進による国会請願に変更することを余儀なくされたこと、右の国会周辺における集団示威運動を事前折衝により集団行進に変更するよう自主的変更を勧告されたのは、一一月五日の集団行動の許可申請に関与した佐竹昭生(東京地評書記)においても同様であつたこと、本件一一月一三日の二回に亘る集会、集団示威運動等の許可申請書は、右事前折衝に基づき、集会係員より用紙の交付をうけ、昼の部(被告人畠山、同有賀関係)については、一一月一一日午後七時上本雅之が、夜の部(被告人吉田関係)については、同日午後五時三五分前記渕上保美が、それぞれ四谷警察署へ持参した上受理されたこと、翌一二日右集会係員により東京都公安委員会名をもつて、許可書が作成されて主催者側に交付されたこと、右許可には条件が付され、その内容は別紙のとおりであつたこと、の各事実が認められる。また、茂垣之吉証言によると、いわゆる日韓国会といわれる第五〇臨時国会においては、国会会期中、国会周辺道路の集団示威運動は一切これを認めないこと、国会請願は、「集団行進」の形態だけに限定するよう勧告がなされた。しかして前示公安委員会決定および警視総監通達によつて示された「集団行進」は「多数の者が一定の目的をもつて集団的に行進するものをいい、たとえば、野球の祝賀行進のようなもので」、「公衆に対し気勢を示す共同の行動」がないものとして、別紙の如く「旗、ブラカード、のぼり、横断幕、その他これに類する物件を携行または着装する等示威にわたる行為をしないこと」「放歌、合唱、かけ声、シユブレツヒコール等示威にわたる言動は行なわないこと」を条件としたことは、公安委員会の方針であつたことが認められる。

(二) 被告人畠山、同有賀に関する事実

被告人畠山、同有賀に対する公訴事実中、ことさらなかけ足行進を指導したとの部分を除き、その余の事実は、各証拠<略>により、これを認めるに十分である。しかして、「ことさらなかけ足行進」と目すべき行為というのは、公訴事実記載の日時、場所において、被告人両名が先頭列外に位置して、ピイピイと笛を吹くなどし、梯団が小刻みに足を交互に上下し、ワツシヨイワツシヨイもしくは日韓反対と唱和しながら気勢を挙げる行動をしたことを指称していることが、前掲各証拠により認められる。この点についての判断は後にゆずる。

(三) 被告人吉田に関する事実

公訴事実中、罪となるべき事実に認定したところは、前掲証拠の標目記載の各証拠によりこれを認めるに十分である。弁護人は、被告人吉田の司法警察員(二通)および検察官に対する供述調書は、任意性に疑いがあると主張するけれども、証人田代藤太郎、同福田正二の当公判廷における供述によれば、被告人吉田が、医師間島竹二郎および中央労働基準監督署長作成の各証明書記載のように頭部外傷後遺症により気分易変、持続性の気質であつたからといつて、特にその供述をするについて任意性を疑わせる外部的事情があつたものとは認められず、むしろ本籍や氏名の尋問過程において逆に取調警察官に挑みかかつたことすらうかがえるのであるから、とうてい任意性に疑いがあるとはいえない。

次に公訴事実は被告人吉田の松山巡査に対する暴行を公務執行妨害罪に当るとし、その外形的な事実関係は、さきに認定したとおりであるが、なお前掲各証拠によると、松山巡査が被告人吉田から判示のごとき暴行をうけたのは、松山巡査が判示指揮者の命により圧縮規制、併進規制としてデモ集団の隊列から氏名不詳の参加者が一人だけわずかに列外にはみ出していたので、両手でその者の肩を押し列内に入れようとした瞬間の出来事であつたこと、したがつて、被告人吉田の頭部を殴打したとする機動隊員は、松山巡査でないことが認められる。当裁判所は後に判断するとおり、本件条件付許可処分が憲法第二一条に違反して無効であるとするところから、松山巡査自身の右具体的職務行為のみならず、これを含む圧縮、併進規制行為そのものが適法な公務執行とならないものと判断するのである。

三本件条件付許可処分の違憲性

(一) 集団行動による表現の自由と事前抑制の限界

(1) 集会、集団行進、集団示威運動(以下単に集団行動というときは、三者を指す)の本質は、集団として多数人が、一定の日時場所に同時に参集し、主催者もしくは主催団体の計画に従い、政治、経済、労働、世界観等に関するなんらかの思想、主張、感情等を表現しつつ集団的に行動するものである。右の本質に鑑み、憲法第二一条、第一一条(なお、人権に関する世界宣言第一九条第二〇条参照)は、かかる集団的表現の自由を国民の享有する基本的人権の根幹として保障する。すべて国民は、個人として尊重される(憲法第一三条)ばかりでなく、集団としても尊重され、政治(政党、選挙、請願)・経済・宗教・文化・思想・市民団体として結合し、かつ集団として行動する自由を享有し、これを自助の精神により不断の努力により保持しなければならないのであり、これを濫用してはならない(憲法第一二条)。濫用にわたる場合は、あらかじめ国又は地方公共団体の立法機関が、適正な手続により合理的な内容を確定した刑罰法規により、裁判所による裁判に付され、処罰されることは、表現の自由であつても止むをえないことである。表現の自由が保持される秩序は、かかる事後的処罰による抑制によつて確保されるべきが原則で、予め一定の内容および方法を国家、地方公共団体が禁止し、それを刑罰により強制することは、憲法第二一条第二項の検閲禁止の趣旨にそわない。このことは、集団的表現の自由についても、同様である。

しかしながら、集団的表現の自由は、右本質上、多数人が同時に一定の日時場所に参集するもので、言論・出版の自由とは異なり、その集団行動に参加しない第三者の社会生活に直接の影響をおよぼすものである。右社会生活におよぼす影響のうち、現在問題とされているのは、第一に、場所が公共の用に供される公園、広場、道路である場合、集団に参加しない者および同時に同じ場所で集団行動を行なう他の集団との利用調整に関する法的規制の必要性、とりわけ道路における集団示威運動においては、道路交通規制上の原理および具体的な交通整理に関する措置の問題であり、いわば右自由に内在する制約の限界をいかに劃すかの問題である。第二に、表現の自由を口実として、集団行動が物理的形態において現行憲法秩序を破壊する直接不法行動に至ることが必至でありそれ自体重大な脅威の存在であることが事前に判明している場合には、そこになんらかの事前抑制が加えられねばならないことは、もちろんであるが、それにつきいかなる機関がいかなる範囲と程度・方法においてこれを行なうことが許されるか。その合理的かつ明確な基準はなにかということが、まさに問題なのである。

(2) 都条例に対する前記大法廷判決は、「集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる公安条例を以て、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に講ずることは、けだし止むを得ない次第である」とし、如何なる程度の措置が必要かつ最小限度のものとして是認できるかの判断は「条例全体の精神を実質的かつ有機的に考察しなければならない」と前提して、都条例の検討に入り、集団行動に関しては公安委員会の許可が要求されているが(第一条)、公安委員会は集団行動の実施が「公共の安寧を保持する上に直接危険をおよぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない(三条)。すなわち許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されているのであるから、この許可制はその実質において届出制とことなるところがないとし、不許可処分をするについて事情の認定が「公安委員会の裁量に属することは、それが諸般の情況を具体的に検討、考量して判断すべき性質の事項であることから見て当然である。」とし、おわりに、「もつとも本条例といえども、その運用の如何によつて憲法二一条の保障する表現の自由の保障を侵す危険を絶対に包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にし、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきこともちろんである。しかし濫用の虞れがあり得るからといつて、本条例を違憲とすることは失当である。」として、本条例を全面的に合憲であるとしつつ、運用が濫用にわたらないよう強く戒めているのである。

(二) 本件の条件付許可処分とその運用基盤

(1) 都条例において集団行動の許否を決定する基準となるものは、第三条の集団行動の「実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない。但し、次の各号に関し必要な条件をつけることができる。」として、第一号から第六号までがかかげられているところであるが、この規定とあわせて右判文にいう「有機的に考察しなければならない」とされる規定は他に見当らないのであり、都条例は公安委員会に右の大方針を示して包括委任したと認められるわけである。そこで公安委員会としては、下部機構を整備し、運用指針を設けて、個々の申請に対処し迅速かつ能率的に事務を処理する必要から、第二の二の(一)において認定したとおり、権限委任に関する規程、訓令並びに条例の取扱いに関する決定、通達(部外秘)等が存在するわけである。

(2) 都公安委員会の都条例に関する事務処理において、警察法第三八条第三項、第四四条、第四五条に徴すると、公安委員会が事務処理規程を設けて警視総監以下の警察官に処理させることは、その事務を公安委員会の権限に委ねている法令の趣旨に反しない限り、これを許容して差支えないのである。しかも、単なる書類の授受記載内容の点検など単なる機械的事務を、警察官に行なわせることになんら問題はない。しかしながら、不許可処分、許可の取消処分、許可条件の変更処分・申請にかかる集団行動の日時場所行進コースの変更を伴う許可処分及び許可処分であつても重要特異なものの決定権限は公安委員会自体に留保されているといつても、重要特異なものかどうかの判断的事務を第一次的に警察官に行なわせることとなり、いわんや許可を行なうにあたりそれに伴つて付する条件の具体的内容については、これをすべて警視庁警備部長以下の警察官の裁量に委ねているのであつてこの点は大いに問題である。検察官は、右は公安委員会の事後審査に付され、いずれも定型的に類型化された条件を付加する処分を警察官に処理させているにすぎないと主張するが、そもそもかかる条件は、後述のとおり正に犯罪構成要件そのものなのであり、かつ、警視総監が本条例第四条に基づき即時強制を執行する要件でもある。道路における集団示威運動に対する条件付与は、それを警視庁警備部長が公安委員会の名において行なつているということができ、条件付与に関するかぎり公安委員会は、これをすべて事後的に報告を受けて承認しているにすぎない。

(3) 右通達によれば、都条例にいう「集団行進」とは「多数の者が一定の目的をもつて集団的に行進するものをいい、たとえば野球の祝賀行進のようなものである。」とし、また「集団示威運動」とは「多数の者が一定の目的をもつて公衆に対し気勢を示す共同の行動」をいうと概念規定をし、そのところから本件集団行動をコースの途中において前半は「集団示威運動」、後半は「集団行進」として許可がなされ、後者については「旗、プラカード、のぼり、横断幕、その他これに類する物件の携行または着装する等示威にわたる行為をしないこと」「放歌、合唱、かけ声、シュプレツヒコール等示威にわたる言動は行わないこと」という許可条件を付することによつて示威の要素を除き、同時にそのことが、いわゆる「行政相談」ないし「事前折衝」という名の事前抑制の場において、国会周辺等における集団示威運動を禁止するという運用に役立てられている事実は、おおうべくもない。

しかしながら、表現の自由として都条例にいう「集団行進」とは、第一条但し書がこの条例の対象外としている教課的なもの及び慣行的行事などとは本質的に異なるものである(本条例の規制対象からはずされたこれらの行進については、道路交通法第七七条第一項第四号、第二項以下の一般的許可制のもとにおかれるわけである。)。元来、集団行進はさきにも述べたとおり政治、経済、労働、世界観等に関する何等かの思想、主張、感情等の表現を内包し、一般大衆に訴えんとするものである以上、プラカード、のぼり、横断幕等思想、主張、感情等を表現する手段となる物件の携行または着装は、集団行進の実質的要素ともいうべく、これらをすべて許可条件に結びつけて禁止することは、表現の自由自体を否定するにも等しい。都条例第一条は、集会若しくは集団行進については「道路その他公共の場所」といい、集団示威運動については「場所のいかんを問わず」といつて規制の対象たる場所の範囲を区別したに過ぎない。これを根拠として示威的要素を抜き去つたものが集団行進で、示威的要素を伴うものが集団示威運動であるとする解釈は、全く取締の便宜のための恣意的なものといわざるをえない。集会、集団行進、集団示威運動の三者は部分的に重なりあう概念として把握されねばならない。

(4) 次に右公安委員会決定及び警視総監通達によれば、都条例第三条第一項本文にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」として不許可の対象となるものは、具体的には次の各号に該当する場合であるとして、三つの項目のほかに二つの参考事項が付加考慮されるべきものとしている点は、さきに、第二の二の(一)の1の(3)において判示したところである。右にいうように実施の時間、場所、または方法というもつぱら外形的なものを許否決定の基準とし、思想、信条等表現の内容にたちいらないとらえ方をしている点及び「当該団体の行動傾向、違法行為の実績等」というのも、当該団体の思想傾向、信条等表現の内容にはわたらない過去の外形的な行動傾向、違法行為の実績等を指すものと解されるから、一応客観的な基準となりうるにしても、「いちじるし」いかどうか、「明らかなとき」かどうかの判断にいたつては、それが取締の衝にあたる警視庁警備部長以下の警察官によつて事実上判断されることを考えれば決して安心できない。都条例が許可を建前としており、右判例においても許可が義務づけられている点が強調されているところから、事実上も不許可処分の事例がまれであることは証拠上も認められるけれども、そのことは許可はするがそのかわり条件を厳しくするという運用を生んでいるのである。結局、いちじるしいか、明らかであるかという文言は、実際の運用において明確な規範性をもちえない。

(5) さらに、同条同項但し書にいう「必要な条件をつけることができる」という規定に基づき、道路における集団示威運動の許可に付随してなされる条件は、さきに述べたとおり警視庁警備部長以下の警察官において付されるものであること、集団示威運動の自由に属すべき、隊列(隊伍の幅、長さ、梯団の人数)、方法(だ行進、うず巻行進、いわゆるフランスデモ、シュプレツヒコール、旗ざお、プラカード、宣伝カー)その他あらゆる事項にわたり、それが違反の集団示威運動の主催者、指導者又は煽動者を果して第五条に定めた一年以下の懲役若しくは禁錮又は五万円以下の罰金に値する程の禁止事項にあたるかどうかの考慮を払つたものとは到底考えられないこと、前示大法廷判決の上告理由とされた東京地方検察庁検事正代理検事岡崎格の控訴趣意(刑集第一四巻第九号一二七五頁参照)にみられる「公共の安寧の保持上必要やむを得ない場合の外は無条件で許可を与えなければならず、特に必要ある場合において右第一号乃至第六号の事項に関する条件を附して許可を与えることが出来るものであることは明らか」だといつてみても、あるいは本件検察官の論告要旨にいうように「条件は一般的に定型的・注意的なもので本来平穏に秩序を重んじてなされるべき行動において当然守らるべき事項が多いのみならず、もともと条件はその時点における社会的実態判断に基づき付与されたものであるが、それは危険防止と秩序維持のため妥当かつ已むを得ざるもので、当時の交通事情等に鑑みれば公共の福祉との調和をはかるために課せられた必要最少限度の合理的制約であるというべく、デモの真の趣旨を大衆に訴えるため支障となるような事項は全く認められない」としてみても、都条例第五条との関係からみれば、その全部の条件が、現実において完全に遵守された集団示威運動が一体あるであろうか、右条件を許容するかぎり、すべて集団示威運動の主催者、指導者、煽動者は、前示刑罪を科せられても止むをえない危険な事態にさらされているとの結論に達せざるをえない。一体、現実に行なわれる道路における集団示威運動がすべて条件違反であり、その主催者、指導者、煽動者は、刑罰法令に触れるものとされていることを思うとき現在のごとき運用は、条件付与の部分において、もはや、合理的かつ必要最少限度の範囲内で道路における集団示威運動が制限されているにすぎないといえないことが明らかである。

(6) 交通秩序維持に関する条件違反の集団示威運動の参加者に対する機動隊員による規制について、右条件付与の現実の決定処分権限が、警視庁警備部長にあること、機動隊による規制もまた警視庁警備部長、課長、機動隊長、警察署長の指揮命令に基づくものであること、条件違反をすべてその場で現認したうえは、交通を整理するばかりでなく、その直後に併進、圧縮規制が行なわれていること、条件自体が一般的網羅的であることから、いかなる規制においても、それは、とりもなおさず適法な職務執行と判断されるものであること、従つて、これに対する参加者のとるべき途は、機動隊員の命ずるところに従い、機動隊員のいわゆるサンドイッチ規制をも、甘受せざるをえないこととなり、左右四列の機動隊員の中に五ないし六列の隊伍で参加者が集団行進をしている状態が現出し、まさに国家の包摂した表現の自由の奇観を呈する危険がある。

そこで思うに、右判例が、都条例の立法技術上のいくらかの欠陥を認めながらも、なお条例全体の精神を実質的に考察したうえ本条例をもつて合憲と判断した判例の本旨にかんがみれば、この但し書は本文をうけ、これと相まつて全体としてはたらいているものと解釈しなければならない。すなわち、そこに付せられる条件は、その条件を付することなく集団行動を許すならば公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合にかぎり、その限度において付しうるに過ぎないものといわなければならない。これまさに、集団行動における表現の自由の内在的制約の限界点であり、最高裁判所判例にいうところの公共の福祉との接点に位置するぎりぎりの問題である。このような観点に立つて本件の許可に付せられている多数の条件をながめるとき、そこには必要最少限度をこえた大小さまざまの条件が付せられており、そのなかには性質上とうてい右の意味における条件と目しえない、単なる注意事項にすぎない類のものが混在していることは末尾条件書に見られるとおりである。例えば、行進の隊形しかり、一梯団の人員しかり、発進、停止その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うことしかりである。しかして、それらが無差別に条件違反ありとして規制の理由となるごとく現に解釈運用されており、またその余地があり、最高裁判所大法廷が本条例を合憲であるとした条例の真の精神を超過した解釈運用がされていることは、当裁判所としてとうてい看過しえないところである。これを本件訴因となつているものについていえば、被告人畠山、同有賀関係の「ことさらなかけ足行進」がその適例である。

証人山田英雄、同茂垣之吉の当公判廷における各供述によると、許可条件として「ことさらなかけ足行進」とは、先行梯団との間隔をつめる場合とか、交差点に入つて歩行中信号が変つたとか、警察官の指示によるとか交通秩序上当然かけ足行進を許すべき場合以外にかけ足行進をすることを禁止する趣旨であり、「ことさらな」とは、「故ナク」(住居侵入罪)と同様違法な目的、態様を意味するという。結局、普通の歩行以外は、交通秩序維持及び集団参加者の安全の見地からこれを禁止するのが相当であるとする。

当裁判所は、本件における右認定事実に照らし、さらに、先行梯団を追越すとか、だ行進、うず巻行進の如く、概念が明確な形態をとりあげるほかに、「ことさらなかけ足行進」を違法とすることは、集団示威運動の表現方法の自由を狭める点において疑義があること、前示警察官である証人らがいうところをみても、まさに各人各様の解釈に基づき「ことさらなかけ足行進」は結局「かけ足行進」と同意義であるとし、それが都条例第五条の犯罪構成要件とされることの実質的な根拠を説明しえないこと、条件としてとりあげるには、あいまい不明確で、実質的に示威そのものの禁止にわたることでもあり、とうてい憲法第二一条第三一条の趣旨からみて、正当とは考えられない。

右認定したところによると、被告人両名が、「ことさらなかけ足行進を指導した」との点は、すでに条件自体違憲無効であるといわねばならない。

(7) 書も問題となるのは、一個の許可処分中の一部の条件付与が違憲、無効である場合にそれが許可処分そのものの効力にいかなる影響をもつかの一点である。当裁判所はこのようなあいまいな許可条件の付与は、たまたま本件許可にかぎつて行なわれたと認めることはできない。むしろ上来詳細に認定判示したとおり、いわゆる事前折衝の段階をも含めた許可手続全般を通じ、集団示威運動と集団行進を区別することによつて、それがすべてを規定してしまい、あとはそのいずれかによつて、当然のことのように画一的に付された条件であると認めざるをえない。それゆえ許可処分の憲法適否を判断するにあたつては、これら手続と内容とを有機的、綜合的に把握して判断すべきものと考える。さもなければ本件例のごとく、単に公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならないと抽象的に規定がなされている場合に、公安委員会が個々の許可処分において細大もらさずあらゆる条件を付した許可書を交付し、集団行動を規制するにあたつては、あらゆる条件の違反を理由として規制を加え、起訴にあたつては、訴因をだ行進、うず巻行進等ほとんど疑問の余地のない条件違反の事実に限定するならば、残された条件違反の論点はすべて回避され、許可手続の実態や許可処分の内容全般はついに裁判所の判断の埓外に逸し去つてしまうからである。裁判所は国家権力が濫用されないよう監視する義務を負つている。この義務は有罪のものがすべて必らず罰せられるようにするという義務よりも大きな義務である。かように考えてくるとさきに認定したような公安委員会および警備部長以下の事務処理の実体や本件許可処分において付せられたもろもろの条件を綜合的に判断して、本件許可処分を一体として判断すべきものと考える。

(8) 右判例は、「本条例の許可制はその実質において届出制とことなるところがない。集団行動の条件が許可であれ届出であれ、要はそれによつて表現の自由が不当に制限されるところがなければ差支えないのである。」とする。ここで考えられている許可制はその実質において届出制という一種の事前抑制とことなるところがない程度のものだとするならば、届出制における申請と受理という確認行為に加えて、たかだか、例えば同じ時刻、同じ場所において大規模な二つの集団行動が企画されたような場合の調整権限を公安委員会に留保する程度のことが考えられるわけであるが、本件審理を通じて明らかにされた事務処理の実体はいわゆる事前折衝という闇の手続をふくめて、コースの一部変更や警視庁独自の考案にかかる「集団行進」という概念の設定とこの枠にはめこむことによる集団行動の実質的空虚化、集団示威運動に対するおびただしい条件の付与等々、集団行動における表現の自由がいちじるしく制限される許可制が行われているのであつて、とうてい届出制と近似するものとはいえない。しかも交通秩序維持の必要ありとして付せられる条件の違反はすべて集団行動自体の実力規制に直結し、刑罰につながるのである。このような許可制はむしろ一般的禁止の解除として機能しており、かかる運用体制ができあがつていて、個々の条件付許可処分はその具体的適用として行なわれているものと断ぜざるをえない。

(9) さらに、さきにもふれたとおりいわゆる事前折衝という名の申請以前における抑制は警視庁警備部長以下の担当警察官によつて行われ、公安委員会の事後審査の対象とならないものであり、従つて都議会に報告されることもないのである。また、受理手続以後における処分の不服についても、行政事件訴訟法による救済は、公安委員会の違法な処分の取消、変更を求める訴の提起に執行停止が認められる場合が限られていること(同法第三条、第二五条参照)及び前示の時間的制約があることのため、その実効は期せられないのである。

以上を要するに条件付許可処分に関する都公安委員会の運用は、総括的にみて手続及び内容において著しく取締の便宜に傾斜し、憲法の保障する集団行動としての表現の自由を事前に抑制するものとして最少限度の域を超えており、かかる運用の一環として流出したともいうべき本件条件付許可処分は憲法第二一条に違反しその瑕疵が重大かつ明白であつて違憲、無効であると認めざるをえない。

四結論

以上の次第であるから、本件公訴事実における都公安委員会が、被告人畠山及び同有賀並びに同吉田の参加した道路における集団示威運動の各許可申請に対し許可する際付した交通秩序維持に関する事項の条件付許可処分は、処分の内容及び手続のいずれも違憲無効であり、この点においてすでに被告人畠山、同有賀が右条件に反する集団示威運動を指導したとの点は、罪とならないものであるから刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。また、右違憲の条件に反する集団示威運動の参加者であつた被告人吉田に対する松山一紀巡査ら機動隊員による圧縮並びに併進規制は、もはや適法な職務の執行というをえないから、被告人吉田の松山巡査に対する暴行は刑法第九五条第一項により有罪とはなりえないものであるが、被告人吉田が前示のとおり右松山巡査に加えた暴行は、罪となるべき事実の項において認定したとおり、被告人吉田が機動隊員中の氏名不詳者からいきなり手挙で後頭部を一回殴打されたことに憤激し、右斜め前に位置していた松山巡査の左大腿部を右足で一回蹴りつけたというのであるから、その暴行の態様において防衛意思の存在などを疑う余地なきものであり、公務執行妨害罪の成立が否定される場合にこれが暴行罪に当る点については疑問の余地がない。よつて前示のとおり、同被告人を刑法第二〇八条により処断することとしたのであるが、その情状について考えると、犯行の動機態様は、判示のとおり松山巡査の左大腿部を一回足蹴りしたというにすぎないこと、その他本件審理において窺われる年令境遇等を考慮するときは、過去の前科前歴に徴しても、なお主文のとおり量刑処断するを相当と認めた次第である。

五なお付言するに、表現の自由の保障を象徴的にいうならば、それはわれわれが嫌悪する思想のための自由である。たとえ不法な直接行動の必要性や正当性を説く者に対しても、それが表現の自由にとどまるかぎりは、沈黙を強制せず合法性を保障し、より多くの言論をよび起すことによつて暴力の唱導から説得力を奪い、暴力の可能性を減少することができるのである。表現の自由は国政上最大の尊敬をうけるべき、民主制社会が自動するための不可欠の要素である。しかし表現の自由の一形態である集団行動にも自由権それ自体に内在する制約をもつ。あるいはこれを最高裁判例の表現をかりて公共の福祉による制限といつても言葉の真の意味においては同一に帰着するものと考えられる。なぜなら、基本的人権制約の問題は、言論の自由を母体とする基本的人権一般が、公共の福祉一般に従属するという形で考えられるべきものではなく、もろもろの基本的人権の具体的な行使の態様に応じ、その結果生ずるであろう社会的害悪を防止する利益と、そのために最少限必要な基本的人権行使の制約の程度との比較衡量を行うことによつて解決されるべきものであり、さらにいいかえるならば、公共の福祉とは、われわれ国民が一定の秩序の下に一切の表現の自由を含む基本的人権ができるだけ円満に保障され、国民すべてがその国家のおかれた具体的な諸条件の下で、できるだけ人間らしい生活を営み、勤労と平安の毎日を送り、しかも仰いで文化の蒼空から心の糧を得られるような状態にあることを意味するからである。公共の安寧というのは単に交通秩序維持というごとき側面だけでとらえるにはあまりにも高次な複合観念である。

本件において無罪となつた被告人畠山、同有賀の行為も条件違反のだ行進を指導した点に関しては、もし都条例の運用が本条例の精神に適合し本件条件付許可処分が適正になされていたとすれば有罪を認定すべき事案であり、当裁判所は両被告人のかかる行為までも是認するものでないことを付言せねばならない。

それにつけても、前記大法廷において都条例を合憲とする判断が示されてからすでに七年を経過した。藤田裁判官は反対意見の末尾において「これを、治安対策の見地からみても、内容に疑義を包蔵する法規をもつてしては、その実効は期し難い。憲法上疑義のない法規を整備して、事態に対処することこそ今日の急務であると信ずる。」と述べている。都の当局者は本条例の運用にあたり、前記大法廷の合憲判決に支持されたことに安堵し、本条例の真の精神を看過し、むしろデモ規制の強化対策に専念して、都条例自体にもつと合理的かつ明確な基準をもりこみ整備する方向への努力に欠けるところがなかつたであろうか。遺憾のきわみである。この点昭和三六年一〇月四日制定の静岡県条例などはかなり整備されており、参考となるであろう。

よつて主文のとおり判決する。(寺尾正二 早瀬正剛(転任のため署名押印できない)竜岡資晃)

(別紙)

条件書

第一、被告人畠山、同有賀関係

((集団示威運動))

一、秩序保持に関する事項

1、主催者および現場責任者は、集会、集団示威運動の秩序保持について指揮統制を徹底すること。

2、時間および進路を厳守すること。

3、各級責任者は、それぞれ役職を明示した標識をつけ、責任区分を明らかにすること。

4、宣伝カーは、てい団の先頭または後尾に位置させ、みだりに停車または前進、後退をしないこと。

5、学校、病院、図書館等の近くを通るときは、とくに静粛を保つこと。

6、解散地では、到着順にすみやかに流れ解散すること。

二、危害防止に関する事項

1、鉄棒、こん棒、石その他危険な物件は、一切携行しないこと。

2、旗ざおまたはプラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと。

三、交通秩序維持に関する事項

1、行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離おおむね一てい団の長さとすること。

2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みあるいは先てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3、宣伝カー以外の車輛を行進に参加させないこと。

4、行進中の宣伝カーは正常な行進に必要な速度を保つこと。

5、旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

6、旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

7、発進、停止その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。

四、官公庁の事務の妨害防止に関する事項

官公庁の出入口をふさぎ、または喧騒にわたる等、公共の事務の妨害となる行為をしないこと。

((集団行進(国会請願)))

一、秩序保持に関する事項

1、主催者は、集団行進を平穏に行なうよう指揮統制を徹底すること。

2、時間および進路を厳守すること。

3、旗、プラカード、のぼり、横断幕、その他これに類する物件を携行または着装する等示威にわたる行為をしないこと。

4、放歌、合唱、かけ声、シュプレツヒ・コール等示威にわたる言動は行なわないこと。

二、交通秩序維持に関する事項

1、行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること。

2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みあるいは先行てい団との併進、追い越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3、車輛等を行進に参加させないこと。

4、発進および停止、その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。

三、官公庁の事務の妨害防止に関する事項

1、国会議事堂の近くを通過するときは、とくに指揮統制を徹底して秩序ある平穏な行進を行ない、国会の審議および事務を妨害するような行為をしないこと。

2、国会議員の進路をふさぎ、または身辺をとりかこむ等により、その登、退院を妨げないこと。

第二、被告人吉田関係

((集団示威運動))

一、秩序保持に関する事項

1、主催者および現場責任者は、集会、集団示威運動の秩序保持について指揮統制を徹底すること。

2、時間および進路を厳守すること。

3、各級責任者は、それぞれ役職を明示した標識をつけ、責任区分を明らかにすること。

4、宣伝カーは、てい団の先頭または後尾に位置させ、みだりに停車または前進、後退をしないこと。

5、理散地では、到着順にすみやかに解散すること。

二、危害防止に関する事項

1、鉄棒、こん棒、石、かがり火その他危険な物件は、一切携行しないこと。

2、旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施さないこと。

3、点灯したちようちん等を会場、進路もしくは解散地に放置しないこと。

三、交通秩序維持に関する事項

1、行進隊形は六列縦隊、一てい団の人員はおおむね三〇〇名とし、各てい団間の距離おおむね一てい団の長さとする。

2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みあるいは先行てい団との併進、追越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3、宣伝カー以外の車輛を行進に参加させないこと。

4、行進中の宣伝カーは正常な行進に必要な速度を保つこと。

5、旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。

6、旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。

7、発進、停止その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。

四、夜間の静ひつ保持に関する事項

1、病院、学校、図書館等の近くを通るときは、とくに静粛を保つこと。

2、付近の住民にいちじるしい迷惑をかけるような騒音を発し、または喧騒にわたらないこと。

((集団行進(国会請願)))

一、秩序保持に関する事項

1、主催者は、集団行進を平穏に行なうよう指揮すること。

2、時間および進路を厳守すること。

3、旗、プラカード、のぼり、横断幕、ちようちんその他これに類する物件携行または着装する等示威にわたる行為をしないこと。

4、放歌、合唱、かけ声、シュプレツヒ・コール等示威にわたる言動は行なわないこと。

二、交通秩序維持に関する事項

1、行進隊形は六列縦隊、一てい団の人員はおおむね三〇〇名とし、各てい団間の距離はおおむね一てい団の長さとすること。

2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進、停滞、すわり込みあるはい先行てい団との併進、追い越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。

3、車輛等を行進に参加させないこと。

4、発進および停止、その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。

三、官公庁の事務の妨害防止に関する事項

1、国会議事堂の近くを通過するときは、とくに指揮統制を徹底して秩序ある平穏な行ない、国会の審議および事務を妨害するような行為をしないこと。

2、国会議員の進路をふさぎ、また身辺をとりかこむ等により、その登、退院を妨げないこと。     以上

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